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スピリチュアル・シリーズ

『こころの扉を開く旅』onenessvol.2
   

大矢浩史翻訳監修/カルキセンタージャパン発行
出帆新社発売
ISBN4-86103-039-0 C0014
A判並製 初版/2006年3月
2000円+税
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インドに住むパッドマヴァティー・アンマとカルキ・バガヴァンと呼ばれる人物によって始められたゴールデンエイジ・ムーブメント(あるいはワンネス・ムー ブメント)の目的は、二つのレベルで説明できます。それは外側の世界と内側の世界という二つのレベルです。
外側の世界については、この世界にゴールデンエイジ(黄金時代)をもたらすという目的です。人類全てが愛と喜びの中で生きる時代です。対立や分離のない 本当の意味での平和な時代です。それを目的としているという意味で、この運動をゴールデンエイジ・ムーブメントと呼びます。
また内側の世界、つまり個々人のレベルでは、一人ひとりがワンネス(一体感、共有感)を経験します。まず体験するのは心のワンネスです。心の内側での対 立や分離が無くなります。つまり、葛藤が無くなります。葛藤とはまさに内側での対立であり、分離です。内側で戦っています。それが鎮まったときにこそ、初 めて心の平安があります。    
  そうなれば私たちの体験も変わり周りのものとのワンネスが始まります。話している相手との一体感、見ている自然との一体感がおのずと訪れます。それが本当の愛であり、本当の喜びです。
そして最後には神とのワンネスがあります。一人ひとりが神と語り神と歩みます。そして自分は神と一体だったとはっきりと気付き始めます。このような個人 的なワンネス体験の拡大を目的としているという意味で、この運動をワンネス・ムーブメントとも呼びます。
バガヴァンは講話の中でよく話します。
「内側に在るものが、外側に現れます」と。
ですから、私たち一人ひとりがワンネスの状態を得ていく中で、外側との関係もワンネスに変わっていきます。全人類がワンネスに基づいて生き始めたとき、世 界が大転換することでしょう。それがゴールデンエイジ(黄金時代)です。きっと皆さんにも想像できることと思いますし、多くの人たちが心の底から願ってい ることだと確信しています。
この「ONENESS On The Earth・地上の楽園」シリーズは、このワンネス・ムーブメントのエッセンスを皆さんに分かりやすくお伝えすることを趣旨としています。
そして、特に本書「第二巻・ここの扉を開く旅」では、心の内側・心の働きを探究し、皆さんの心が開花するため、心が自由になるためのアプローチ、つまり心のワンネスのためのアプローチの方法を紹介しています(はじめに)。


【目次】
第一章 カルキバガヴァンのQ&A集
ゴールデンエイジ・ムーブメントについて
悟り・ディクシャについて
心・マインドの構造について
無意識のマインド
マインドに対するアプローチについて
気付きについて
人間関係について
性欲について
第二章  生命の流れ  サマダシニー師のメッセージから
第三章  苦しみの方程式・エゴの方程式-大矢浩史の講義より-


 
□質問 悟りとは一体何なのでしょうか?
■バガヴァン
 悟りというのは様々な形で定義ができますが、私のいう悟りの一般的な定義は感覚(五感)の解放です。
皆さんが何かを見ているときに、マインドの介入無くして見ていることはありません。
何かを見るときにマインドの介入無くして見られる状態、それがムクティ(悟り)です。
何かを聞いているときにマインドの介入無くして聞いている状態、それを悟りと言います。
 同じように、匂いを嗅ぐことも触ることも、さらには考えることでさえも同じことが言えます。
実際、考えに対しても、そこに巻き込まれずに考えを観察している状態があります。
 通常は、皆さんが考えているとき、自分がその考えを考えているというふうに捉えています。
しかし、その考えがまるで流れているかのように、自分とは独立した別個のものと捉えることは実際に可能なことです。
これは物理的な現実です。

 皆さんは「考え」を見ることができるのです。どんな「考え」も、やって来ては去っていき、そしてそれを見ることができます。
それが悟りの状態です。
完全な感覚の解放、マインドのコントロールからの解放です。真に生きていると言えるのは、そういった状態の人です。逆にマインドのコントロールに置かれている人は生きているとは言えません。
マインドの介入の無い状態の人こそが、本当に生きていると言えるのです。
人々が「生きる目的とはなんでしょう?」と質問することがありますが、私の答えはこうです。
「もしあなたが本当に生きているとしたらその質問は出てきません。生きる目的は、生きることです」。
その意味は、感覚(五感)が生きていると言う意味です。
感覚(五感)がマインドから独立して自由になっていなければなりません。
皆さんはたえず五感を通して現実を知覚していますが、現状ではそれをまったく体験できていません。
どんなデータが入ってきても、常に解釈を加えながらコメントをしているだけです。
木を見ながら「これは大きい木だ。」、「小さい木だ」、「緑の木だ」、「マンゴーの木だ」、と言いながら絶えず木に対してコメントをしています。
座って御飯を食べているときも、会社のことを考え始めます。
そして、家族のことを考えたり、食べ物自体に対するコメントを繰り返しているばかりで、食べ物を体験していません。そういった意味で、「物事に対してあ るがままを体験したときに、それこそが至福の体験になる」と私はマハワキヤ(訳注:バガヴァンの格言集)の中で言っているのです。

 そしてそのときにはこの創造界は完璧だとわかります。最も素晴らしいものに見えてくるわけです。
自分が地獄ではなく、もうすでに天国にいると言うことがわかります。
「考え」の介入をなくして、感覚を解放することは実際に可能です。本来「考え」とは、必要性のあるときにだけ必要とされるものです。どうして考えが絶えず介入する必要があるのでしょうか。
必要なとき以外は考えが私たちの人生の現実体験に介入する必要はありません。
感覚(五感)が考えやマインドのコントロールから自由になったときにこそ、私たちは無条件の喜び、無条件の愛を発見できます。
そしてその喜びの中ですべての人とつながっている感覚を体験します。
その中で真の愛を発見しますが、真の愛と真の喜びは別々のものではなく、まったく同じ一つのものです。そして、それは自然に起こるものです。私たちはもともとそのように設計されています。
人間は絶えずそれを体験するように作られているのです。
しかし、今はそれを絶えず体験できなくなってしまっているために、皆さんの人生はとてもつらいものになっています。  その苦しみというのは、現実を体験していないことからきているものです。
そしてその苦しみを避けるために様々な逃避ルートを作りだしています。
その逃避ルートとして、飲酒やドラッグ、セックスをするのです。

 この運動の目的というのは皆さんが現実をそのまま体験できるようにお手伝いすることです。

 それが起こったときに無条件の愛、無条件の喜びを発見します。そして、あらゆるもの、あらゆる人とつながっている感覚を感じます。そして、自分が他と分離した個人であるという感覚がなくなります。
もはや、自分自身のためだけに生きているのではなくなります。自分自身がすべての人になってしまうからです。
そして人類のために生きるようになります。
それは決して概念や空想のものではなく、悟ったときには毎日の生活の中での現実となります。
すでにそういう状態になった人は数千人いますし、今このダルシャン(訳注:バガヴァンを囲んで行う集まり)の中で座っている人の中にも、何人かその状態の人がいます(第一章)。

 
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