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西洋の文化、思想、習慣を知るにはキリストの理解が不可欠である。 そのキリスト教の始祖ともいうべきイエスの伝記や評伝は大雑把にいって三種類あるようである。 一番多いのが言うまでもなく神(父なる神)と同格である神の子としてのイエスのそれである。キリスト教神学(ちなみに神学は真理の言葉の解釈であって真理そのものではない)によれば、人類の祖であるアダムとイヴとは、神の戒めに背いて智慧の木の 実を食したために神の怒りを買い、楽園から放逐された。いわゆる原罪である。以来人間は原罪を背負い、さまざまな苦しみをなめてきた。そこで神は特愛の一人子イエスを地上に送り、彼を十字架で傑にすることによって原罪を償わせた……というのであ る。無数の聖書物語やイエスの伝記がこの線に沿っている。 それとは違い、イエスを神の子ではなく、人の子として、当時のユダヤ教の支配層を度々きびしく批判した(「マタイによる福音書』二十三幸二十三節の記述はその一例)ためにその報復を招いて傑刑に処せられた人の子として、の伝記は、右とは異なる範 時に属する。ちなみに、ユダヤ教は今以てキリスト教を認めず、ユダヤ民族が待望しているメシアは決してイエス・キリストではなく、その聖典は旧約聖書だけである。 三番目の範時に属するのが、イエスが人の子であり、同時にイニシエイト(秘儀参入者)としての評伝である。 本書はこの範時に属する。当時の政治、宗教、社会状況、及びエジプトより中近東における秘教という底流にも言及しながら、イエスの心理を描いた稀少な文献である。 求道の書としてはもちろんのこと、一般教養としても、広く読書人にお勧めする次第である。 |
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