会社概要問い合わせ特定商取引法上の表記個人情報の取り扱いについて  



■新刊一覧
 

○ピカピカのこころ

○声に出して読む―パンチャタントラ物語

○真実への道―ヨーギになった科学者の自叙伝―
○閃きの物語 Inspiring Stories   

○『風の杜子春』 −「天路歴程」 神仙篇−

■近刊一覧 

○インドからの道--「日印交流年記念」講演録
 「日印交流年記念」実行委員会編
 東大寺別当をはじめとする12人の論者によるインドからの道、日本の恩恵を論ず。
 日印同時出版。
 A5判/ハードカバー 予価3,000円+税 7月下旬刊行予定
○『チャラカの食卓』――二千年前のインド料理
  

■復刻一覧 

○イニシエイション(たま出版)9月下旬刊行予定
  アリスベイリー著 仲里誠桔訳 予価3000円


 
インドからの道--「日印交流年記念」講演録
 
準備中

「日印交流年記念」実行委員会編
東大寺別当をはじめとする12人の論者によるインドからの道、日本の恩恵を論ず。
日印同時出版。
A5判/ハードカバー 予価3,000円+税 7月下旬刊行予定

 

 

 
ピカピカのこころ
 

かしま たかまさ著 れもん画
児童書 オールカラー
いっぱいくるしんでいたあなた、
もう、ひとりでくるしんでなくてもだいじょうぶだよ。
初版/2008年4月
定価1200円+税
978-4-86103-055-0 C8793

 

 

 
■[日印文化交流年]記念出版■
声に出して読む―パンチャタントラ物語
 

マノラマ・ジャファ著者(再話)/鈴木千歳日本語訳、小笠原まき画
A4判変形/上製/カラーイラスト多数
[対訳]ヒンディ語、英語、日本語
定価2200円+税
978-4-86103-048-2 C8397
初版/20007年11月

 

『パンチャタントラ』は、インドの古代説話集のひとつで、サンスクリット語で五巻の本のことをいいます。インドでは子どもから大人まで知らない人はいないほど親しまれているお話です。多くの異本が伝わっていて、話の数も八〇前後とそれぞれ違うようですが、本書には、それらの話の中から再話者が、序文の話を含め三〇話を選んで英語で編んでいます。また、読み継がれる時代の流れの中で、話の細部も解釈も変っていくように、本書にも、再話者自身による現代にふさわしい味付けや省略が施されています。「ワニとサル」や「聖者の娘の結婚」が、日本の民話「サルの生き胆」や「ネズミの嫁入り」とそっくりであることに驚かれるかもしれません。「サギとカニ」や「網にかかったハトたち」も、「サギとカニ」「りょうしとうずら」の題名で日本の民話の中に入っています。この他にもインドから日本に伝わってきた話が知られています(あとがき)。

【目次より】
1「パンチャタントラ」ってなに?/2ライオンとウサギ/3三匹の魚/4まぬけなサル/5歌うロバ/6おしゃべりカメ/7青いジャッカル/8ジャッカルとライオン/9あみ網にかかったハトたち/10生きかえったライオン/11二つの頭をもったツル/12サルとワニ/13忠実なマングース/14猫のしんばん審判/15ネズミを売った男の子/16せいじゃ聖者のむすめ娘のけっこん結婚/17はたお機織りと木の神様/18くうそう空想にふける男/19鳥とおうごん黄金のふん/20男と三人のならず者/21二頭のヒツジとジャッカル/22トラの皮を着たロバ/23サギとカニ/24お母さんライオンとジャッカルの子ども/25王様とサル/26サルとスズメ/27鳥の王様えらび/28四人の友だち/29カラスとヘビ/30本好きの男たち

 
真実への道―ヨーギになった科学者の自叙伝―
 

スワーミ・ヴィラジェーシュワラ著、タントリー美里訳
A5判/並製/定価3500円+税
978-4-86103-052-9 C0014 
初版/20007年9月

 

本当の幸福は、痛みを避けることや楽しみを探すことでも、外側のものによって肉体と心を喜ばせることでもない。眠っている時のように欲望を捨ててマインドと感覚器官を内側に引っ込めてしまうことにある。耐え難い痛みと悲しみが止まっている状態の睡眠は、人生の苦難を確かに癒す。しかし、人は目を覚ました途端に、感覚器官を喜ばすことによって病を引き起こしていることを忘れている。そのようなものがマーヤー(幻想のヴェール)の力、無知の状態である。
その朦朧とした状態から目覚めるまでの幻想の虜になっている間に、何百万回と生を繰り返しながら、何百万回よりさらに多くの苦しみを味わうのである(プロローグ)。

【目次より】
1グル・マントラ/2試練/3夢/4博士号/5ヨーギとの出会い/6クンダリニー/7ヨーガ・キャンプ/8シュールパナカ/9放棄/10久遠のヨーガ寺/11巡礼/
12リシケーシ/13最も小さいものより小さく/14ヒマーラヤ放浪/
15鉄のカーテンの後ろ/16運命の前ぶれ/17見せかけの悟り/18内なる啓示

 
閃きの物語 Inspiring Stories
 

―シヴァーナンダのインド説話50―
スワーミー・シヴァーナンダ著、信子ナルマダー訳
A5判/並製/写真多数 [定価]2300円+税
978-4-86103-053-6 C0014 
初版/20008年2月

 

二人の遊行僧が聖地に住んでいました。その一人は、出家する前は大層な金持ちでした。出家してからも、彼の子供達は彼が必要な物品等の面倒を進んで見ていました。ですから彼には召使いもいましたし、快適な生活環境がありました。
もう一人の遊行僧は、極度の禁欲生活を送っていました。彼は施しを受けて生活しており、身に纏う衣と水瓶と鹿の皮以外は何も所有していませんでした。とても厳しい生活を送っていました。この貧乏遊行僧は自分の放擲の精神を常々誇り高く思い、金持ち遊行僧を嘲っており、他の出家者や帰依者に会うと、いつも、彼のことをむしろ蔑んで話していました。
「彼は、家住生活を送るには年を取りすぎたと感じたのだろうよ。だから俗世界を捨てた振りをし、遊行僧の形にしがみついているだけさ。まー、彼がふけっている贅沢三昧をよーく見てごらん」
誇りと軽蔑のこの火花は、広がり、正に大火災を起こしてしまったのです。貧乏遊行僧は勝ち誇ったように金持ち遊行僧に近づいていき、放擲に関して説教し、こう言いました。
「放擲には何と素晴らしい力があることだろう! それは、私のような者にとっては真実で、本物であるには違いないがー。あなたが、富と家族を捨てたことは疑いの余地はないけれど、この贅沢な生活はいつお捨てになるのですか?」
「ナーラーヤンさん、いま、捨てましょう! さあ、ウッタルカーシに行きましょう。さあ、さあ!」と、金持ち遊行僧は間髪を入れずに答えました。
貧乏遊行僧はビックリしました。金持ち遊行僧の申し出は、金持ち修行僧の見せかけを証明しようとした貧乏修行僧の誇りと熱望が、いまや何と、彼に従うよう言い渡されたのでした。一〜二マイル歩き村のはずれを離れようとしたとき、貧乏修行僧は急に自分の水瓶と鹿の皮を置いてきてしまったことを思い出したのでした。そして言いました。
「ちょっと待って下さい。私の水瓶と鹿の皮を取ってこなければなりません」金持ち修行僧は満足気に微笑みました。(第16話より)

 
『風の杜子春』 −「天路歴程」 神仙篇−
 

真屋 晶著
ISBN978-4-86103-054-3-C0014 
四六並製 初版/2007年12月
2000円+税
--------------------------------------
今、時空を超え空寂たるタオ仙道の宇宙へ――
中国仙境を舞台に展開する、波乱万丈の求道物語。
秘教ファンタジー大作『天路歴程』佳境の第四弾!
龍が翔び妖怪がばっこ跋扈する霊峰峡谷で、若者の試練が始まる。

 

目次より
前編 霊峰の彼方 
  
  第一話 夭死相と謎の仙人
  第二話 延命への秘策伝授
  第三話 地獄の釜焚き労役
  第四話 入門志願と難試練
  第五話 邪道士と恐怖の館
  第六話 呪詛打ち返しの法
  第七話 指なし娘の因縁譚
  第八話 赤子を喰らう老婆
  第九話 仙姫の誘惑と改心
  第十話 忌まわしき修道観

後編 牡丹の余薫 

  第十一話 新しき家族の門出   
  第十二話 牡丹燈籠と美少女
  第十三話 燃え盛る鬼火の怪
  第十四話 蠱惑の骸骨と逢瀬
  第十五話 呪われた家系奇談
  第十六話 哀れ人面瘡の叫び
  第十七話 幽霊を娶る男の話
  第十八話 現幽一如の相愛劇
  第十九話 蘇生した死者の涙 

 

 詳しくはこちらへ→

 
『チャラカの食卓』――二千年前のインド料理
 

伊藤武 香取薫共著 7月中旬刊行予定。
A判・ 定価3000
『チャラカ本集』記載の二千年前のインド料理を復元。レシピ付き。

 

古代インドでは、酒類も発酵食品も食した。
サットバ、ラジャス、タマスという概念に区別された食は存在はしない。
 「ブッダは、どんなものを召し上がっていたのだろう?」
 インドをやみくもに巡っていたころ、そんなことを思った。
「インドに君臨した古代帝国――マウリヤやクシャーナやグプタの帝王たちは、どんな料理を食べていたのだろう?」
 ヒントを与えてくれる本があった。
『チャラカ本集』。
 二千年も前に書かれたアーユルヴェーダの教科書だ。当時の食材のこと、料理のことも記されている。つらつらと眺めているうちに、
(あ、こいつはネパールで食った、これに似たものはラージギルで食った……)
 そんな料理にいくつもぶちあたった。たとえば――
 オリッサ州のポカロ。飯に水をかけ、そのまま数日おき、乳酸菌の作用ですっぱくしたもの。これは、大昔の本に書いてある“カーンジー”そのものだ。
 カトマンドゥのジャールは、古代の“スラー”に相当するドブロクだ。
 おなじくカトマンドゥでは、セールローティという米の粉のドーナツを祭の日のお菓子にしているが、これもいにしえの“シャシュクリー”とほとんど変わっていない。
 ビハールやベンガルには、魚をマスタードの濃厚なソースで煮込む伝統料理がある。これは、新大陸原産のトウガラシやトマトがもたらされる以前の、さらにタマネギを多用するイスラム料理がハバを利かせる以前の、古代のカレーの面影を伝えている。
 そんなのがたくさんある。たいして変わっていないのだ。
 古代の文献をよく読むと、今日インドにある「レンジでチン」以外のすべての調理法が、当時すでに確立されていたことがわかる。調理道具もその頃からまったくといっていいほど姿を変えていない。金属の鍋釜は早くから普及していた。一方で、いまも土鍋を愛用する人も多い。
 インド古代が、わたしに近づいてきた。
 同時に、遠のいてもいった。
 インド料理といえば「辛い・黄色い」の印象がもたれるが、新大陸原産のトウガラシがインドで広く使われるようになったのはムガル時代後半、せいぜい二、三百年前のことだ。黄色をつくりだすスパイスのターメリックも、古代には料理には使われていなかった公算が高い。トウガラシとターメリックのないインディアン・ディッシュなんて、ちょっと想像もつかないではないか。
 世間の「常識」も変わり、「医学」も変わった。
 たとえば、“カーンジー”。熱を下げ、こころを弛緩させる古代の薬剤である。だが、「浄と不浄」をうるさく区別する今のインド人にとって、乳酸発酵した水なんぞ「腐った水」以外のなにものでもない。オリッサの人をのぞけば、だれも飲みはしない。
 健康にいい、とされた米のドブロクも、ネパールやビハールの一部で嗜まれているにすぎない。
 マスタードソースのカレーも、粘膜をヒリヒリさせるトウガラシの刺激になれた多くのインド人にとっては、脳天のシビれる「もうコリゴリ」の領域であろう。
 つまり、こうしたものは、きわめて局地的な、あるいは限られた階層の人びとによってのみ供されている食品である。一般的ではないし、大方のインド人はその存在すら知らない。
 二千年のあいだに、大きく変わってしまったものもある、ということだ。

       ※

「チャラカの料理」はずっと気になっていた。
 同時代に書かれた文献もひもといてみた。
 『カウティリヤ実利論』は、経済学の立場から料理を論じている。一食分のライスにかけるカレーの量はこれぐらいである、スパイスはこれだけ必要である、といった具合に。
 『マヌ法典』をみれば、そのころから菜食主義が広がりはじめたこと、スパイスのサフランがカシミールでのみ栽培されていたことがわかる。
 ヴェーダ儀礼を説いた『シュラウタ・スートラ』文献からは、調理の手順がうかがえる。供物である酒や料理をつくるプロセスが、儀礼のなかに組み込まれていたからだ。
 こうしたテキストの行間を逍遥するうちに、そして一部地域に残る料理をさぐるうちに、「二千年前のインド料理」を復元できるのはないか、と思うようになっていた。
 ちなみに一部の地域とは、おもにビハール、ベンガル、オリッサの東インドと、ネパールである。
 『チャラカ本集』の舞台は、アフガニスタンやパキスタンも含めた西北インドだ。
 この地域は中世にムスリム支配がかたまり、食文化もイスラム色の濃いものに染められていった。ヒンドゥー教徒であっても例外ではなく、パニール(チーズ)、ピアージ(タマネギ)、サブジー(野菜または野菜を炒め煮した料理)などのヒンディー語は、トルコ・ペルシア起源の言葉である。それぞれ、アーミクシャー、パラーンドゥ、シャーカないしはバージーという立派なサンスクリット語があるにもかかわらず、異教徒の言葉を借りている。イスラム料理に強く影響されたことを物語っている。
 対し、インド・イスラム諸王朝の都の置かれたデリーから距離をおいた東インドでは、古い食文化が残存しえたのであろう。特に、後述するネパールでは。これらの地域が、仏教タントリズム(密教)の栄えた土地柄であることも興味深い。
 インドの食生活を変えたのは、イスラムだけではない。バラモン正統派も、早いうちに肉や酒、さらにはカーラームラ(漬物)のごとき発酵食品をも「不浄な食品」と断ずることになった。それが今日にいたるまでヒンドゥーびとの食を左右しているのだ。シュクタ(酢)が、今日のインドのほとんどの家庭になく、今日のアーユルヴェーダでもまったく評価されていないことが、それを端的に物語っている。
 しかし、イスラムの侵略をはねかえし、いまもタントラの盛んな――いいかえればバラモン正統派の影響をあまり被ることのなかったカトマンドゥ盆地では、酒や漬物、肉料理など古代的な要素がしっかりと保存されている。現在のカトマンドゥの伝統料理から、トウガラシやトマトやジャガイモなど近世に加えられた食材を除けば、そのまま「チャラカ料理」になるのではないか、と思われたほどだ(プロローグ)より。

 
ページtopへ
 

copyright 2007 shuppannshinsya all right reserved