私の主人は1987年、48歳の時脊髄小脳変性症という難病を発病しました。現代の医学では、原因もわからず治す方法もないという国の指定の特定疾患です。医師の宣告を聞いた時は、頭の中が真っ白になりました。何とか治らないものかとあらゆるものをためしてみました。転地療養のために金沢から富士山のふもとの町富士宮市へ転居しました。主人は18年間の闘病生活を終え、2005年11月25日に66歳で亡くなりました。
主人の供養のために、またご家族が難病で苦しんでいる方のためにお役にたつのであればと上梓することにいたしました。本当の幸せは……を追い求めてきた私は真理に出会い、神様を信じることで、夫が難病なのにあまり苦しむこともなく過ごせたのが幸せでした。
合掌
「おとうさぁん」ととびつくと
「おかあさぁん」とかかえてくれる
そして「すまんなこんな病気になって」と主人
一個三円だからと
トイレを我慢してがんばる主人
そんなにがんばらなくてもいいのよ
もう充分がんばったんだから
「お母さんおみやげや」
ポケットからつぶれたまんじゅうがひとつ
ティタイムに出たおやつを食べずに持って帰った主人
二人で半分こおいしい!
歳時記 |